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観音寺城と観音正寺(蒲生郡安土町石寺)
最初に・・・
皆様がご存じの通り、滋賀県はその真ん中に日本最大の琵琶湖を抱え数々の景勝地を有しています。またサイクルショップ ライフ(以後LIFEと表記します)がある東近江地区は琵琶湖の東南岸に位置し、有数の歴史(史跡)が点在する地域です。
そんな歴史の散策と美味しいポイントを自転車で廻ってみるのはいかがでしょうか?
幸い行政によって『びわ湖よし笛ロード(27キロ)』と『ぐるっと繖(きぬがさ)コース(約37キロ)』があります。ただそのまま走ってしまっては面白くないので楽しい(厳しい)所をご紹介しましょう。
ホントにホント最初からハードな紹介になってしまいます。観音寺城は地図で見るとLIFEより直線距離で2キロくらいしかありません。しかしこの近辺では一番ハードな登りが体験出来る事を保証いたします。LIFE前を走るきぬがさ街道から入っても良いですが、路地を入って昔家並みの住宅街を抜けたんぼ道をのんびり走ります。土手を登ると、そこはもう登山道、だんだんと険しい登りに変化します。
道幅は狭く見通しの悪い場所もあります、時折自動車も通るので走行には注意です。
しばらく登ると谷に沿って駐車スペースがあり見晴らし台もあります。
駐車場脇に自転車を固定し、300メートル程歩いて観音正寺へ・・・山道が好きな向きには丸太の階段をオススメします。
歩む毎に石垣跡や遺構がゴロゴロ
境内からは先程とは反対側の展望が広がります。遠くには近江富士が・・・
観音正寺は山の中腹にある割に広い境内を持つ、本堂は最近消失・再建されている。
また本堂脇の山肌にある石垣も仲々不思議な雰囲気だ。
※MEMO
■観音寺城
観音寺城は近江国守護佐々木六角氏の居城である。佐々木六角氏がいつ頃観音寺城を築いたのかは明らかではないが、文献では建武2年(1335)に佐々木氏頼が北畠顕家軍を阻止しようとして、観音寺の城郭に立てこもったという太平記の記述を初見とします。その後、大永の末年から享禄年間(1528〜32)にかけて、大改修が行われ、居城としての体裁を整えたと考えられている。
しかし、永禄11年(1568)、将軍足利義昭を擁して京都へ上ろうとした信長の通過を拒否した為に信長に攻撃され、観音寺城は戦闘を交えることなく落ちてしまった。
■観音正寺
寺伝によると、往古、聖徳太子がこの地に来臨された折節、紫雲たなびくこのお山をご覧になって「これぞ霊山なり」とおぼしめし、太子自らが千手観音の像を刻み、堂塔を建立されたのが、当寺の縁起であるという。
以来、太子が近江国に創建された十二箇寺中の随一の寺院として、湖東地方に勢威を振るってきた。ところが、応仁・文明の乱に際し、近江国守護職・佐々木六角氏がこの山に居城を築いたため、寺は兵乱にかかったり、山麓に移されたりするなど苦難の路を辿ることとなった。その後、永禄十一年(1568)、織田信長により六角氏が滅ぼされたため、慶長二年(1597)、再び山上に堂塔が営まれることとなったが、往時をしのぶべくもなかったようである。
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